2026年03月27日 P&PtimesP&Ptimesバックナンバー

攻めと引き際の哲学 | P&Ptimes vol.35


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パッケージとプロモーションで
「お客様の想いをカタチに」

P&Ptimes

vol.35
March / April 2026

パッケージ&プロモーションを手がける会社が発信するP&Ptimes_vol.35 | ラジオDJ ヒロ寺平氏

Topic
1
P×Ptalk

第14回 廣川信也 × ヒロ寺平氏
目立つことが好きで広告マンに憧れた一人の若者は、半世紀を経た今、
“ラジオの向こうの誰か”に温もりを届ける存在になった。
その名はヒロ寺平。リスナーは親しみを込めて「ヒロT」と呼ぶ。

P×P talkとは?
「P×P talk」は、当社代表廣川信也が各界で活躍するリーダーと、ビジネスや人生について語り合う対談企画です。
今回の対談のゲストは、ラジオDJ ヒロ寺平氏です。半世紀にわたり”温もり”を電波に乗せてきた関西ラジオ界のレジェンド、ヒロ寺平氏。引退後も全国放送にカムバックし「はがきと音楽と温もり」を届け続けています。今回は「オール or ナッシング」――その言葉に宿る生き様と情熱の真意に迫ります。


ラジオDJ ヒロ寺平氏

PROFILE
ラジオDJ
ヒロ寺平氏ひろ てらだいら
1951年大阪府出身。関西学院大学商学部卒業。楽器販売商社や英会話教室の運営を経て、関西を代表するラジオDJへと転身。FM802やFMCOCOLOでの活躍後、2019年9月に引退。5年後の2024年にNHK-FMの全国特番『ヒロTのポストカードミュージック』で、ラジオDJとしてカムバックし、現在に至る。


僕とヒロ寺平さん(以下、ヒロさん)の出会いは1990年。今から約35年前のことだ。出会いは1990年、ロバータ・フラックが出演するイベントのMCを拝み倒して引き受けてもらったのが始まりだ。奇遇にも拙宅の”ご近所さん”で、70歳を超えて、かつて関西のラジオ界を席巻した人物とは思えないほど穏やかな毎日を送っているように見える。だが実のところ、ラジオへの情熱は少しも衰えていない。FM COCOLOの看板DJを2019年に退いた後も2024年にはNHK FMの全国放送でカムバック。”はがきと音楽と温もり”をテーマにした特別番組「ヒロTのポストカードミュージック」で、変わらぬ―いや、むしろ”引退”前以上の”温度”をリスナーに届け続けている。順風も逆風も糧に前へ進む―その「オールor ナッシング」の半生を本対談で紐解く。

column
01

「もてたい」「かっこよくなりたい」も、
人生を前へ動かす立派な理由。

廣川 まず、どんな幼少期・青春時代を過ごされたのか教えてください。
ヒロ 生まれは千日前。いわばミナミの”栄資(ええとこ)のボンボン”で小学校は帝塚山学院。大阪市立南中学(現・心斎橋ビッグステップ)に通う頃にはベンチャーズ、ビートルズ、グループサウンズが一気に押し寄せ、「いつか俺もキャーキャー言われたい!」と本気で思い、大学ではセミプロ級のドラマーになり、上田正樹やモップスと対バンもしました。
でも大学4年の時に出演したプロへの登竜門だった桃山学院大学のオールナイトコンサートでは、愛知学院大のフルバンドと上田正樹の間に挟まれ、僕らだけ”見事にトイレタイム”。そこでようやく気づいたんです。「このままじゃ食えない。就活もしてない。どうする? ……そや、電通入ったらええやん」と。
廣川 なぜ電通に。コネでも?
ヒロ コネなんて一切ないですよ。電話したら受付の女性は爆笑、「採用は終わってます」でガチャ切り(笑)。なぜ電通にこだわった理由は、小4のときに寿屋(現サントリー)の「トリスコンクジュース」のマスコットボーイに選ばれて地下鉄の中吊り広告や新聞、TVCMにも出て、それらの現場で見た電通マンがとにかくかっこよかった。ポラロイドでバシッと決めていく姿に完全にやられたんです。
ヒロさん出演のトリスコンクジュース ポスター(小学校4年生ごろ)
ヒロさん出演のトリスコンクジュース ポスター(小学校4年生ごろ)
中学3年生ごろのヒロさん
中学3年生ごろのヒロさん

column
02

成功は「創る勇気」で築かれ、
継続は「怯む知恵」で守られる。

対談中の廣川信也

廣川 実は僕も卒業間際まで”学生企業”みたいなことをして就活もせず、「お先真っ暗」になった経験があります。その後どうされたのですか?
ヒロ 電通は諦め、家業の楽器問屋と叔父の「ヤマキギター」に目を向けました。英語が得意だったので「商社を通さず輸出すれば利益が出る」と考え、家業に貿易部を立ち上げるも、後発が勝つには”バイリンガル級の英語力”が必須だと痛感。そこで商社経由での取引先のカナダの代理店に直接電話して、「最低賃金でいい。修繕もできるから雇ってほしい」と売り込んだら即採用。ビザまで用意してくれました。昼は倉庫、夜は夜学という2年間。寝言まで英語になるほど鍛えられて、”完全バイリンガル”の基礎ができました。

ヒロ カナダで学んだのは、「海外の人はブランドよりも”予算に合う良いモノ”を買う」という価値観。そこで帰国後、コピーではない完全オリジナルのギターを作ると決め、1978年に「DAION」ブランドのギターを自身のデザインでスタートさせました。真鍮パーツ、自立構造など、マーチン、ギブソンやフェンダーがやらない発想を詰め込んだギターは海外展示会で大ヒットし、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでした。しかし順風は長く続きませんでした。工場の月産キャパ1,000本に対し、僕は3,000本の注文を獲得。相談した親父は叔父に無理をさせ、”エイジング不足”の木材で大量生産を敢行。その結果、北米到着後に亀裂が続出して大クレームに。カナダの取引先社長は僕を信じ、再建策まで示してくれましたが、親父は受け入れず。ギターブームの終焉も重なり、リスクヘッジのないまま会社は倒産へ向かいました。商売には”攻める勇気”と同じくらい”立ち止まる知恵”が必要だと悟った瞬間です。在籍10年で7,000万円の純利益を会社に残しましたが、僕個人には何も残らず、無一文での再出発でした。
ただ、ギターというビジネスは終わっても、僕のデザインしたギターは今も世界で健在。1978年以降のDAIONギターは今でも約4,000人が愛用し、コミュニティや公式サイトまで存在し、2024年10月には、長男と一緒にダラスの会合に参加してきました。
(「DAION」の公式サイト https://www.daion.com/)
対談中のヒロ寺平氏

ヒロさんがデザインした「DAION」ギターのカタログ(表紙と内ページ)ヒロさんがデザインした「DAION」ギターのカタログ(表紙と内ページ)

column
03

進むべき道選びには、能力の”因数分解”を。

廣川 ヒロさんに、残された道はまだあったのですか?
ヒロ 「英語と音楽」という武器だけは残ってた。まず「食うために英会話をやろう」と決めました。カナダで学んだ”生きた英語”は細かな文法ミスをいちいち正さない。I go swimming yesterday. でも GoをWentにしなくても”yesterday” があれば十分通じる。だから僕は、子どもが間違いを恐れず話せる英語を教えようと。
アメ村のマンションに英会話スクール「PUMPKIN」を立ち上げ、家内のへそくり200万円でスタート。通勤時間に真っ赤なチラシを難波・心斎橋・淀屋橋で配り、朝9時には道に捨てられたそのチラシを回収する毎日。結果、開校前日に100人の生徒が集まり、「これで食える」と胸をなで下ろしました。ところが来たのはほぼ会社帰りのOL。教室が埋まるのは夕方6時半からで、昼間にぽっかりできた”空白”を埋めよう。何ができる?ドラムで鍛えたリズム感がある。英語もできる。音楽の善し悪しも分かる。―この掛け算なら何ができる?「せや、ラジオDJやろう」。
廣川 まさに”因数分解”が導いた次の道ですね。
ヒロさんが運営していた英会話スクール「PUMPKIN」のチラシ(当時のもの)ヒロさんが運営していた英会話スクール「PUMPKIN」のチラシ(当時のもの)

column
04

ラジカル(挑戦的)な東京と、”寄せたらへん文化”の大阪。

ヒロ 小林克也と山下達郎の『COME ALONG』に刺激を受け、英語と大阪弁をミックスした”バイリンガル・デモテープ”を作り、関西中の局に配ったんですが、反応はほぼゼロ。ようやくラジオ関西で30分番組が決まった頃、そのテープが東京のタイガースの元ギタリスト・森本太郎さんの手にわたり、彼から「君を東京で預かってもいいか?」と声が掛かったんです。
大阪の”寄せたらへん文化”とは対照的に、東京は驚くほどラジカルで貪欲。DJの実績がほとんどゼロの僕を太郎さんは大胆に売り込み、NHKはなんと全国ネット番組を即決。それをきっかけに、何百回叩いても開かなかった在阪FM局の扉が開き、昼ワイドを任されました。しかし、今でこそ当たり前のリズム感と英語で魅せる”イントロ乗せ”も、当時の在阪FM局では、「ながら聴取の邪魔」と理解されず、おとなしい演出に徹するしかなかったんです。
廣川 東京のラジカルさと大阪の”寄せたらへん文化” 、よくわかります。僕も1980年代から東京で仕事していますが、大阪弁丸出しでも「面白い!」とすぐ受け入れてくれる一方、東京から大阪に来た人は「やりにくい」と戻るパターンも多い。

column
05

「三顧の礼を尽くす」とは、
相手の”断る理由”を消し去ること。

ヒロ そんな折、1988年に開局準備中だったFM802(以下802)の栗花落(つゆり)さんから突然、「来年開局するFM802のメインDJとして迎えたい」と連絡が入ったんです。
廣川 まさに”待てば海路の日和あり” 。ヒロさんを黙って見ていた人がいたんですね。
ヒロ お会いすると、いきなり24時間×7日の”まっ白なタイムテーブル”を差し出され、「好きなところに番組を入れてください」と。さすがに度肝を抜かれました。ただ僕にも条件があった――DJだけでなく、選曲・構成・ミキサー・制作、すべて自分でやること。普通なら通らない要求ですが、802はのけぞりながらも「分かりました」と受け入れてくれた。
最初、”ラジオの顔”とも言うべき朝の帯(6:00〜11:00)を打診されましたが、当時は東京の仕事が多く断念。すると802は即座に「横が無理なら縦で」―金曜朝6時から夜7時まで、13時間ぶっ通しの”縦ワイド”。正気とは思えませんでしたが、好奇心が勝ちました。「これを受けるのは冒険や」と迷いもあったけれど、もはや断る理由は1つも残っていなかった。こうして1989年6月1日、僕の声が「FM802開局DJ第1号」として電波に放たれました。
その後、日曜『OSAKAN HOT 100』(12:00〜15:00)を10年、そして縦帯から横帯へと移り、さらに朝帯『HIROT’S MORNING JAM』が始動。気づけば”802の顔”と言われるようになっていました。

column
06

何ものにも媚びず、誰にも忖度せず、
そして「いいもの」が生まれる。

廣川 僕はヒロさん個人だけでなく、802という会社そのものの”何ものにも媚びず、誰にも忖度しない”風土も魅力に感じていました。というのも、一介の若造だった僕が「開局キャンペーンをマツダの移動展示会とタイアップでやりませんか?」と持ち込んだら、即答でOKをくれた。さっきのヒロさんのお話もそうですが、この気質はどこから生まれたのでしょう?
ヒロ 細部までは知りませんが、まず法改正で「大阪の民放FMは1局だけ」という縛りが解けた。東京では1988年にJ-WAVEが生まれ、「関西も2局目をつくらなあかん。それも若者カルチャーで!」と関西の財界は盛り上がったらしい。そこでサントリーの佐治敬三さんが旗振り役となり、複数企業が共同出資し、在阪各局から精鋭が集まって802が立ち上がった。しかも資本側は「金は出すが現場には口を出さない」と線を引いた。だからこそ”802らしさ”が自然と育ったんです。
ヒットしていても”802らしくない”曲は外れる。唯一の基準は「曲がいいかどうか」。出版部門も持たず、レコード会社とも対等な姿勢を貫いたからこそ、802が育てたアーティストは本当に多い。
廣川 802名物の「ヘビーローテーション」も、ヒロさんの”推し”が反映されているのかと思っていました。
ヒロ いや、まったく。あれは完全に民主主義です。各番組の担当者が候補を出し、編成部がまとめて聴き、「今月はこれで行こう」と決める。得票数は関係なく、1票の曲が選ばれることもある。純粋に”曲の力”だけ。僕自身、長い在籍期間で通ったのは3曲ほど。その中でよく覚えているのが、インコグニート “Don’t You Worry ‘Bout a Thing”。決まった瞬間は、そらもうガッツポーズでした。
廣川 もう一つ印象深いのが「バンパーステッカーキャンペーン」。リアバンパーに802のステッカーを貼った車で街が埋まりましたよね。
ヒロ 「ヘビロテ」も「バンパーステッカー」も実はアメリカ発祥。日本になかった文化を最初に紹介した局が802なんです。音楽だけでなく”カルチャーそのもの”も街に持ち込んだんです。
廣川 「いいものに出自は関係ない」 そこが802の本質だったわけですね。
一世を風靡した802のバンパーステッカー一世を風靡した802のバンパーステッカー

column
07

心を動かす「モノ」があり、
その先に心が触れ合う「人」がいる。

廣川 aikoさんやコブクロなど、ヒロさんが紹介してきたアーティストは多いですが、曲より先に人柄へ惹かれるのですか。
ヒロ 逆です。すべては曲から始まる。彼らをデビュー前から知っていても、まず向き合うのは「楽曲」というモノ。そこで心が動き、「こんな曲を作る子はどんな人なんやろ」と興味が”人”へ広がる。会って話して空気感が合えば、そこから関係が転がり出す。「モノ」がしっかりしていれば、その先に”長く続く関係”という「コト」が生まれるんです。
廣川 素心を動かす曲と、そうでない曲の違いは何でしょう?
ヒロ 勘や嗅覚ですね。時にはエゴもある。拾えなかった名曲も山ほどあるし、たまたま取り上げた曲が世に出たこともある。理屈では語れません。
廣川 具体的なアーティストを挙げて頂けますか?
ヒロ 森山直太朗くんとは、「作品」を雑に扱われるという”境遇”を共有している。大阪に来た時、「待っとき、今すぐ聴く」とその場でCDをかけ、「この子には何かある」と感じて、1年半呼び続けた。『さくら』よりずっと前の話。ギターが弾き込むほど鳴るように、声も同じで、久々に聴いたら”体が鳴っていた”。
ゆずは自力で爆発する力があったから、僕は少し触っただけ。コブクロには「ハモリが課題やな」と言ったら、後に「叱咤激励のおかげです」と。押尾コータローくんのタッピングは早くから見抜き、ステージ転換中に袖で弾かせて「僕の隠し玉です」と紹介した瞬間、空気が変わり一気にメジャー街道へ。
廣川 ある番組でヒロさんは「飛び立つ準備も、エンジン整備もできている飛行機たちの”滑走路”になりたい」と仰っていましたが、まさに今のお話ですね。僕たちパッケージ屋の使命も同じです。つかい手=消費者はまず、パッケージに包まれた”モノ”に心を動かされる。それはやがて、「これを作ったのはどんな人なんだろう」という、つくり手=”人”への思いへとつながっていく。ヒロさんがアーティストとリスナーの間に立つように、僕たちもまた、つくり手と使い手を紡ぐ”媒介者”でありたいと願っています。
(左)押尾コータロー氏と/(右)森山直太朗氏と(左)押尾コータロー氏と/(右)森山直太朗氏と

column
08

「二局を背負う」という”ピンチ”を、
「ライフタイム・リスナー」づくりの”チャンス”へ。

廣川 802からFM COCOLO(以下、COCOLO)へ移籍された理由は?
ヒロ COCOLOの原点は1995年の阪神淡路大震災です。日本語がわからず情報難民になった在日外国人を救うため、関西財界が立ち上げた多言語FM局。ただ素人集団で、数年で限界となり、802にSOSが入り、802スタッフが常駐してテコ入れしたものの、最終的には802が”吸収”。日本で初めて一社が二波を持つFM局が誕生しました。
このとき802のブレーン・栗花落さん(前出)が描いたのは「二波の役割分担」。802は”18歳の感性”がスローガン。しかしリスナーもDJも年を重ねる。ならば802は若い感性へ軸足を戻し、COCOLOは”大人世代”を受け止める。人生の流れに寄り添い、二局でシームレスに伴走する――という戦略でした。そこで僕にも声がかかった。「20年802を引っ張った。今度はCOCOLOの朝を頼む」と。同じ会社でスタジオも隣同士。だから移籍を決めました。ただ条件はひとつ。後継者は自分で選ばせてほしい。そこで”大抜卓人”を指名。そして、同時間帯に「ヒロ=COCOLO」「卓人=802」という構図が生まれ、802はより若い層へ、COCOLOは”深い年輪を持つリスナー”へ――二局が競合せず、それぞれが役割を全うできる体制が整いました。
廣川 多くの経営者が語る”ライフタイムパートナー(生涯顧客)”の発想ですね。顧客の年齢に合わせブランドも器も広げていく。802はCOCOLOという新しい器を持ったことで、リスナーの人生の流れを途切れさせずにつなぐことに成功した、と言えますね。

column
09

「ラブレター」を後世に遺すための
“引退”があってもいい。

廣川 2019年の「引退宣言」は、役割を終えた区切りだったのでしょうか。
ヒロ いや、道上洋三さんや浜村淳さんを超えるまで続けるつもりでしたよ(笑)。本当は、オンエア中に声が突然ふっと途切れ、そのまま倒れる――そんな最期が夢やった。でも、時代がそれを許さなかった。デジタル化が進み、ラジオは”紐付き電話”のような存在になり、スポンサー構造も変わった。そして開局当時の「自分の言葉でしゃべる」という僕の原点が、少しずつ揺らぎ始めたんです。だから決断した。”ラジオがこれから生き残る道”を示すには、あえて僕が身を引くことも必要や、と。
廣川・後日談
2019年、ヒロ寺平はCOCOLOの朝から降板し、静かに表舞台を去った。それは逃避ではない。あの時代のラジオに向けた、彼なりの”最後のラブレター”だったのかもしれない。

column
10

一度距離を置いたからこそ、見えた”原点”。

廣川 引退後はどんな日々を過ごされていたのでしょう。
ヒロ 大学卒業後、電通への憧れ、カナダ渡航、ギタービジネス、英会話スクール、FM802、FM COCOLO…と走り続けてきたので、まずは「家族と自分の時間」をつくりました。ダイビングのライセンスを取り、ケアンズや石垣島で潜り倒す。やってこなかったことを一気に取り戻すような毎日でした。そんな時、NHKから突然電話がありました。2023年11月3日、aikoデビュー25周年特番『今日は”aiko”三昧』への出演依頼です。オンエア後、不思議な高揚感があった。「なんでこんな気持ちよかったんやろ?」と自己分析してわかりました――CMが一つもなかったこと。スタジオに”イヤなバイブス”がまったくなかったんです。
廣川 その感覚があったからNHKで新しい番組をやろうと思ったのですか?
ヒロ そうなんです。だからその後、自分で企画書を書いてNHKに持ち込みました。「手書きのはがき一本勝負で4時間半」。メール全盛の時代に、あえて逆張りです。
廣川 それを受け入れるNHKもすごいですね。
ヒロ 既に言ったようにNHKほどラジカルな局はない。普通なら拾わない企画でも拾って試す度量がある。こうして『ヒロTのポストカードミュージック』が生まれました。僕は3日に一度局へ行き、届いたポストカードをすべて読み、尺を測り、自分で構成を組む。オンエア当日は完全ワンマンで4時間半を”スタジオジャック”します。
廣川 この番組は、リスナーにとって”入口”がオンエアの何カ月も前にある。思い出を辿り、曲を思い返し、一枚のはがきに実名で託して投函する。そしてヒロさんに読まれ曲が流れた瞬間が”出口”。読まれなくても、その行動によってリスナーの人生が再び息を吹き返す――唯一無二の番組だと思います。また、番組スタート時のTV番組で、あるリスナーがヒロさんのことを「大きな応援団が後ろにいるみたい」と言っていたのも印象的でした。
ヒロ 嬉しいですね。ただ今のリスナーは”ラジオ世代”ではなく”ストリーミング世代”。だからラジオとネットの共生が必要。でも、大事なのは技術ではなく”体温”なんです。デジタルは軽・小・短・薄、ラジオは重・大・長・厚。どちらが正しいではなく、その間をつなぐものがいる。僕はその象徴として、琉球紅型作家・池間真裕子さんの葉書に、採用された方の実名と僕のサイン、シリアルナンバーを入れて郵送しています。「たかがはがき、されどはがき。」”世界に一枚だけのプライスレスな贈り物”。デジタルでは絶対に再現できない”重さ”と”温もり”が宿っているんです。
リクエストが採用されたリスナーに送付しているシリアルナンバー入りのポストカード(番組名:ヒロTのポストカードミュージック(NHK FM))リクエストが採用されたリスナーに送付しているシリアルナンバー入りのポストカード(番組名:ヒロTのポストカードミュージック(NHK FM))

column
11

高い「意識」の自己管理の先に、
まるで「無意識」に見える自然な所作。これが「プロ」。

廣川 「プロフェッショナル」について伺います。ヒロさんは40年以上、マイク越しに言葉を届け続けてこられました。技術だけでは毎日ベストコンディションは保てません。帯番組では「今日は調子が悪い」では済まない。どうやって長く続けてこられたのですか。
ヒロ 結局は”自己管理”です。朝6時の番組を20年やっていた頃は、「NHKニュース7」を見た直後に就寝、午前3時5分起床。その”5分”が命なんです。その後オフィスで書類を片付け、802へ。オンエア準備は最小限。最初の2曲とオープニングだけ決めて、あとはリクエストの流れに身を委ねれば、曲もトークも自然に組み上がってくる。
廣川 言葉の引き出しは、どうやって生まれるのでしょう?
ヒロ “常識と経験の毎日積み重ね”です。それにより必要な瞬間に言葉がスッと落ちてきます。
廣川 なるほど。”落ちてくる”のですね。プロとは、徹底した自己管理という高い「意識」の先に、あたかも「無意識」のように立ち上がる自然な所作――まさに”踊りの型”のようなものなのですね。
FM802のブースで笑顔のヒロさんFM802のブースで笑顔のヒロさん

column
12

「挑むとき」は腹を括り、
「やめるとき」は未練を断ち切る。

廣川 こうやって、ヒロさんの半生を振り返っていると、悩んだり迷ったりする”グレー”がほとんどないように見えます。
ヒロ ええ。攻めるときも、やめるときも”オールor ナッシング”。曖昧に生きるのがいちばん苦手。大学の客員教授も興味はあったけれど、コマに縛られるなら無理。70を過ぎてほろ酔いが楽しめなくなった瞬間に酒もやめた。タバコも同じ。やるかゼロか、それだけです。英会話スクールPUMPKINを始めたときも、南中学跡地のビッグステップでワンフロア借りるために借金を背負い、”生きるか死ぬか”で飛び込みました。ダイビングで水深15mのエア切れを経験したときも、「これはもうやめよう」と即断。“やってみなはれ”で挑戦し、やめるときは迷いを断ち切る。それが僕の生き方です。
廣川 今は「自遊人」がベースで、そこにNHKの番組が少し加わったバランス、という感覚なのですね。
ヒロ そう。今は”攻め”と”ブレーキ”の調和がちょうどいい。定期的ではない祝日の『ポストカードミュージック』を一本一本、納得いくまで作り込む――それが今の僕の大団円です。
廣川 1951年生まれのヒロさんの働き方は、同世代の経営者にも大きなエールになると思います。本日は本当にありがとうございました。
今回の対談は拙宅で行ったという事もあり、インテリアとして残せるヒロさん自作の貴重な「アルコールインクアート」をいただいた。垂らしたインクをアルコールで飛ばして描くため、二度と同じ模様は生まれないという。「同じタイミングは二度と来ない」というヒロさんの生き方に、静かに重なる作品だ。
対談当日にお土産としていただいたアルコールインクアート対談当日にお土産としていただいたアルコールインクアート


ヒロ寺平氏
ヒロ 寺平(ひろ てらだいら)氏

オフィシャルブログ
https://www.ameba.jp/profile/ameba/hiroteradaira/(外部リンク)
Instagram
https://www.instagram.com/hiroteradaira/(外部リンク)



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こうした取り組みの根底にあるのは、廣川グループが大切に育んできたモノづくりの独創性です。今後は、HIROKAWA USA, INC. を事業推進の中核とし、米国を中心とした北米市場での事業拡大を図るとともに、現地ならではの視点を取り入れて、日本企業や日本IPの価値を世界へと伝える架け橋となることを目指します。

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日本と欧米のパッケージング業界に精通したパッケージマイスター森泰正氏による寄稿コーナーです。
サンフランシスコの大豆由来のクッションメーカーEDEN

今回は、サンフランシスコに目を向けてみる。カリフォルニア州には600km圏内に米国第2の巨大都市ロサンゼルスがあるだけに、人口80万人のサンフランシスコに拠点を構える包装資材企業は、段ボール包装以外には見つからなかった。包装資材と同じく「循環型」技術に取り組んでいる業界について探してみるとマットレス業界が浮かび上がった。米国きっての環境先進州のカリフォルニアでは消費者意識の高まりや、拡大生産者責任(EPR)制度などにより、循環性、持続可能性、リサイクル性の向上が義務化されている。
米国ではマットレスは現在ほぼ100%が埋め立て廃棄されており、寝具メーカーはいかに循環型に移行するか知恵を絞っている。同地のEDEN(https://www.eden-cellyfill.com/(外部リンク))というクッション・緩衝材メーカーは、ウレタンフォームではなく、大豆由来やセルロース由来のクッション材でマットレスを作っている。製品寿命が尽きた際には、ジッパーを開き、クッション材だけを簡単に取り出せるモジュール式のマットレスを販売している。クッション材はGHG排出量を減らすために植物由来の油 (大豆、ヒマシ油、トウモロコシ油) に転換され、繊維やスチールコイルなどの部材は再利用しているという。
EDENのマットレスのイメージ

責任編集 :株式会社パッケージング・ストラテジー・ジャパン 森 泰正
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グループニュース

株式会社エースパック福島矢吹工場
生産拠点増強プロジェクト 竣工
株式会社エースパック福島矢吹工場において、数年にわたり計画的に推進してきたプラスチック容器生産拠点の整備事業のうち、シート成形による製造を担う「第3工場」ならびに倉庫棟「中央棟」の建設工事がこのたび無事完了し、2025年12月3日に竣工を迎えました。本竣工により、サステナブル社会の要請に応える食品のロングライフ化を実現するシート成形製造工場である「第3工場」と、保管・出荷機能を担う「第2物流センター」、さらに倉庫棟である「中央棟」が一体的に整備され、エースパック福島矢吹工場における生産拠点増強プロジェクトは、大きな節目を迎えました。

今回の設備拡充により、生産機能と物流機能の双方が一層強化され、供給体制の安定化と効率化が進むことで、これまで以上に安定した商品流通を実現できる環境が整いました。多様化・高度化する市場ニーズに対しても、より柔軟に対応できる体制を構築しています。今後も私たちは、ものづくりの現場から品質と信頼を積み重ね、お客様のニーズに柔軟かつ迅速にお応えできる体制のさらなる充実を図りながら、高品質な商品を安定的にお届けすることで、社会とともに持続的な成長を目指してまいります。

株式会社エースパック福島矢吹工場


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お取り寄せのパッケージ

厳選パケ買いスイーツ
ほろほろ食感の優しいお菓子、その世界観を明確に表現して
商品が想像できるパッケージ『駿河ほろりん』
「御菓子処 雅心苑」は、静岡県沼津市に本店を構え、安全な原材料にこだわった和洋菓子店です。今回ご紹介するのは、サクッとした口当たりとホロリと口の中でほどける食感が特長の和風クッキー「駿河ほろりん」です。
地元の食材を使用した「戸田塩」「千本松きなこ」の2種類の味があり、パッケージにも味をイメージした淡いカラーが使用されています。独特な繭型の紙製容器で、商品の特長であるころんとした丸みを帯びた優しい見た目のパッケージです。どんなお菓子か知らなくても、商品名とパッケージだけで食感や味わいを想像することができ、納得して手に取れるパッケージデザインです。

御菓子処 雅心苑
住所:〒410-0041 静岡県沼津市筒井町1-3
TEL:055-924-6250
営業時間:8:30~19:00※年中無休
サイト:https://www.gashinen.com/(外部リンク)

「駿河ほろりん」の商品とパッケージ


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New Packnology

包装業界に関する最新技術の情報をお届けするニュー「パクノロジー」

持続可能性と商品価値向上を両立する、
新時代のパッケージソリューション「SILBIOシリーズ」

近年、製品の開発・製造において環境配慮はもはや不可欠な要素です。フィルム代替紙製品(ヒートシール紙とバリアコート紙)の国内市場は、2027年には35億円規模に達し、2023年と比較して75.0%増加するとの予測があります。今回ご紹介する「SILBIO(シルビオ)シリーズ」は持続可能性を高めるために開発された、紙をベースとするバリアパッケージ素材です。シリーズには4つのタイプがあり、それぞれが異なる特性を持つことで幅広い製品に対応しすべて紙マーク表示が可能です。ここでは、性能データと想定用途を交えつつ、その個性をご紹介します。
1.SILBIO BARRIER(シルビオバリア)
まず「SILBIO BARRIER」は、紙素材に水を主成分とした環境にやさしいバリアコートを施した高機能紙です。酸素透過度は5cc/㎡・day・atmと、レトルトパウチやスナック菓子袋で一般的に使用されるEVOHフィルムと同じレベルの酸素バリア性があります。水蒸気透過度は50g/㎡・dayと、OPP、LDPE、PETなど多くの食品用防湿フィルムと同等です。これにより、スナック菓子やシリアル、石けんといった乾燥食品・日用品の酸化や乾燥を抑制でき、しかも金属を含まないため、製造ラインでの金属探知機検査にも支障を与えません。
2.SILBIO ALBA(シルビオアルヴァ)
光、そして水蒸気、酸素からさらに中身を厳重に守りたい場合には「SILBIO ALBA」が力を発揮します。クラフト紙に直接アルミ蒸着を施し、酸素透過度1cc/㎡・day・atm、さらに水蒸気透過度1g/㎡・dayを実現。コーヒー豆や抹茶、油脂を多く含む菓子などで定番のアルミ蒸着フィルム袋と同等の性能に加え、紙素材ならではの風合いが高級感を演出します。不透明性が高いため、トレーディングカードなどのブラインド商品にも最適です。
3.SILBIO CLEAR(シルビオクリア)
「SILBIO CLEAR」は、中身の見た目を活かしつつバリア性を確保したいケースで活躍します。高透明紙とヒートシールOPPの組み合わせにより、前述のSILBIO BARRIERと同水準のバリアを維持し、紙製ながら驚くほどの透明感を実現。ドライフルーツやギフト向け菓子など、内容物そのものの色や形を訴求ポイントにしたい場面で効果を発揮します。
4.SILBIO EZ SEAL(シルビオイージーシール)
シリーズ唯一の完全脱プラ素材が「SILBIO EZ SEAL」です。クラフト紙の片面に水を主成分とした環境にやさしいヒートシール層を塗工しただけのシンプルな構成ながら、約180℃で0.5秒間熱圧着する条件でPEやPPに匹敵するシール強度が得られます。バリア機能は持たないため食品の二次包装や宅配封筒といった用途が中心ですが、プラスチックを一切使わずに熱圧着できることから、環境配慮を前面に出したブランド訴求に最適です。
新時代のパッケージソリューション「SILBIOシリーズ」
SILBIOシリーズに限らずプラスチックフィルムに代わる紙製バリア素材の包装資材全般について是非ご相談ください。



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廣川社員のオススメ情報

営業先のおいしいお店
HirokawaUSA発足の地、アメリカからお届け!
今回ご紹介するアメリカのロサンゼルス・エルセグンドにある「Standard Station Sports Bar & Grill」は、スポーツ観戦とアメリカンフードを同時に楽しめる人気のバー&グリルです。このお店は、多数の大型テレビが設置されており、どの席からでもスポーツ観戦を楽しめることが特徴です。また、定番のバー料理に加え、独自のアレンジメニューも豊富に揃い、クラフトビールやトップシェルフのリキュールも充実しており、ハッピーアワーも実施されています。
私たちはハンバーガーやタコスをオーダーしましたが、どのメニューも日本に比べてサイズが大きく、ボリューム満点の食事が楽しめました。訪れた日はちょうどワールドシリーズ第7戦が行われており、ドジャーズファンが集まってテレビ中継に夢中になっていました。ドジャーズがブルージェイズに劇的な逆転勝利を収め、店内は大盛り上がりでした。アメリカに行かれた際は、ぜひ足を運んでみてください。

Standard Station Sports Bar & Grill
住所:226 Standard St, El Segundo, CA 90245
TEL:(310)322-2255
営業時間:10:30am~12:00am(月~木)/9:00am~1:01am(金~日)

「Standard Station Sports Bar & Grill」のメニュー

「Standard Station Sports Bar & Grill」の外観


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今月のプレゼント

アパレルブランド「マリテ+フランソワ・ジルボー」のエコバッグをプレゼント!

今月は、MARITHÉ FRANÇOIS GIRBAUD(マリテ+フランソワ・ジルボー)から食べ物のイラストが可愛いエコバッグを3名様にプレゼントします。

フランスで生まれ、韓国を中心に人気を集めている同ブランドは、最近は日本でも常設店やポップアップショップを開催するなど人気を博しています。このエコバッグはフランスらしいクロワッサン柄とマスカット柄の2種類で、カジュアルに持てるデザインです。

是非ご応募くださいませ!応募締切:2026年5月31日(日)
※当選者の発表は商品の発送をもってかえさせていただきます。
※柄は選べません。

ご応募はこちら

「マリテ+フランソワ・ジルボー」のエコバッグ